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ぼくが生配信する理由

前後の予定が詰まっていた都合で、ホテルの部屋から声のみで生配信した。

日曜朝のオンラインメンバーシップの生配信。


「JoyIshii Online Breaking Hypno」が現在の名称。

2000年の4月26日が設立日だからもうすぐ丸4年となる。

コロナ騒動が起こって、急遽立ち上げたオンラインサロン。

緊急事態宣言下で慣れないステイホームしているみんなに向けて始めた。

少しでもセルフイメージをあげられたらと思い、無料でスタートした。

わかりやすく「ポジティブサロン」と名付けた。

オンラインによる生配信なんて、それまで一度もやったことのないスタッフたちと。

すへてが試行錯誤というか、暗中模索状態で、いちいち一つひとつが挑戦だった。

オンラインサロン制作会社の専門スタッフチームも、コロナ禍で外出禁止だから、こちらに出向くことができない。

そもそも映像の生配信をするのには、電波も弱すぎる環境だった。

ぼくの事務所がある赤坂アークヒルズはアメリカ大使館と隣接していたから、電波妨害されてるんじゃないかなんて陰謀説まで出た。

それくらい何をやっても電波が弱かった。

配信本番中に途切れてしまうなんて毎回だった。

それでもメンバーは辛抱強く生配信にとどまってくれていた。

通信状態を良くするための工夫はすべてやった。

ネット配信に強いと言われるルーターなら、とにかく手に入れて設置してみた。

NTTにも調査に来てもらった。

緊急事態宣言下だから、あちこちに出向いて外からの生配信というわけにはいかなかったから選択肢が限られていた。

メンバーのみんなをポジティブにするべく、思いつくアイディアを次々に試しもした。

夜明けの朝日を見せたくて海まで出むて砂浜から生配信した。

緊急事態が一時解除されたとき、「いってらっしゃい」を言うためだけに毎週水曜日の朝に15分だけ生配信した。

一年経った春、アークヒルズの桜吹雪の舞う中でも生配信した。

本番開始数分前に母が倒れて昏睡状態との連絡が入った。

配信時間を少し短くしてなんとかやり切った。

終わって駆けつけたが、結局母はそのあと意識戻らず、昏睡状態のまま夏に帰らぬ人となった。

そんなことまで生配信と繋がって思い出す。

後悔はない。


これがぼくの人生で、失敗も間違いもたくさんおかしているけど、ぼくなりの「正解」を求めて生き続けてる。

周りに否定されてもしかたがない。

ぼくの探してる「正解」は、社会的な「それ」ではないのだ。

けれど、「正解」を求めるのに手を抜いたり、妥協したことは一度もない。

それがぼくにとっては一番大事なことなのだ。

世界で起こるさまざまな出来事と、ぼくのオンラインサロンは結びついている。

ぼく自身の人生で起っていることとも密接に繋がっている。

メンバーになったみんなの日常や人生とも結びついていてくれたら思う。

みんなとオンラインで繋がることなら、多くの人がやっている。

ぼくはしたいのは、みんなの“人生”と繋がる生配信なのだ。

いまだにそのための「正解」を模索しながら生配信してる。

周りから評価されるのも嬉しいけど、要するに、自分が誇りに思える「繋がり」を探しているのだな。








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ジョイさんと繋がった事で自分の在り方をとても考えられるようになりました。自分がどう生きたらもっと幸せになれるのか教えて下さったのはジョイさんだけです。私はめちゃくちゃ幸運です‼️

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