カウンセリングへの挑戦

 

TBSの特番シリーズを降板したものの、俳優としてのジョイの居場所はもう古巣の青年座に残ってはいなかった。3年間携わったステージ催眠のアシスタント経験もこのままでは中途半端だ。そこでジョイは思い切ってニューヨークへ渡る。催眠をエンターテイメントとしてだけでなく、心理学や療法の分野としてもっと深く知ってみたいと思い、ヒプノセラピー(催眠療法)の本場に自分を放り込んでみようと決心したのだった。ジョイは著名な精神科医Dr.ハーツに師事することに成功。なぜ日本からわざわざヒプノセラピーを学びに来たのかを問われ、ジョイはそれまで行なっていた自分のステージライブのビデオを観せる。Dr.ハーツは「君は催眠など学ばずとも、すでに人を動かす力を何か持っている」と驚き、是非実際の患者を診てみないかと提案してきた。禁煙希望者と吃音の相談者をDr.ハーツ立ち合いのもと数週間カウンセリングした。Dr.ハーツはその間助言らしいことは何も言わなかったという。そして、ジョイは見事それぞれの患者の問題を解決してみせた。日本人として初のアメリカセラピストのプロライセンスを取得して帰国。しかし、すぐにそのライセンスでカウンセリングするあても、そもそもカウンセリングを始めるつもりもなかった。ジョイはただ、せっかく縁あって関わったテレビの企画が後味の悪い形で終わってしまったことで、催眠そのものにネガティブなイメージを持ってしまいたくはなかった。人が一瞬で変わってしまうあの不思議さ、可能性の魅力を、ポジティブなイメージで自分の中に残したく、一つのケジメとして催眠療法を学ぼうとしたのだった。プロライセンスまで取得できたことは想定外だった。帰国してからしばらくは、この先の人生について考えようと思っていた。そんな時、ジョイはひとりの実業家と出逢う。そして、その実業家の強い勧めで、紹介された成功者をカウンセリングすることになる。そこから、紹介が紹介を生むという連鎖が起こり、あっという間に何十人という著名成功者たちが業界の壁を超えてジョイのカウンセリングのクライアントとしてつくことになる。その社員でさえ一度も会うことのできないような大企業のトップたちが、毎週ジョイのカウンセリング予約をし、年間契約が生涯契約へと更新されていった。それが現在にまで至るジョイのカウンセラーとしてのキャリアとなっている。カウンセリングは、催眠療法ではなく、独自のスタイルで行っていて、クライアントの間ではそれを「ジョイズウェイ(ジョイの方法)」「イメージング」と呼んだりしている。現在、著名セレブたちの顧問カウンセラーとして27年の実績を築いているが「カウンセラーとして信頼していただいていることは本当に有り難いですが、僕は自分をカウンセラーだと思ったことはないんです」と、ジョイ流のとぼけたコメントだ。