生い立ち〜現在

 

1965年5月11日 東京都渋谷で誕生。ヒステリックなまでに厳しい母親と放蕩的父親の間で生きづらい幼少期を過ごす。自分の居場所を求めてひたすら絵を描いていた。

小学生の頃からひとり映画館に通う。スクリーンの中の格好いい大人たちにあこがれ、そこに理想を求めた。

高校生時、デビュー前のエコーズ辻仁成と知り合い、音楽の世界を知る。辻氏の勧めでバンドを結成。ライブハウスなどで音楽活動。

18歳でアメリカへ1ヶ月の旅に出るが、そのまま6年間をアメリカで暮らす。一時アメリカ人の養子となる。joyという名はその時与えられた。しかし、安定を嫌い、再び放浪生活へ。ルームメイトの勧めでアクターズのオーディションを受け、合格。アメリカ人たちと舞台に立ち役者となる。チェーホフ「かもめ」の主役に抜擢されるが、稽古中に「お前は何者だ? 日本人でもアメリカ人でもない。中途半端なアイデンティティでは主役に魅力もない」と演出家に言われ、セットを壊すほどの大喧嘩。しかし、一晩経って思い立ちその日のうちに帰国。劇団青年座が地元にあり、オーディションを受けて2年間の研究生となる。アメリカに戻る予定だったが、その年の劇団員に昇格。プロの俳優となる。舞台を中心にいくつかのドラマ、映画に出演。しかし、タレント中心の制作現場に失望。自ら自主映画制作を決意。ビデオ、8ミリ、デジタルシネマ作品を数本撮る。

英語が話せることからTBS特番「史上最強の催眠術師マーティンst.ジェームス」の通訳兼アシスタントに大抜擢される。高視聴率でシリーズ化され、一躍メジャーとなる。ジョイが通訳を降りるまで3年間高視聴率のまま番組は続く。俳優としては黒澤明監督の目に留まり映画に出演。5年在籍した青年座を退団。

ステージエンターテイメント イメージングライブ を制作。不思議と爆笑の感動のステージが評判となり、全国でライブツアー実施。ホテルでのディナーショーも展開。神戸ワールド(7000人)、国際フォーラム(1400人)と、大規模エンターテイメントに成功。日本全国で驚愕ライブを開催。

催眠療法にも興味を持ち、その最前線のニューヨークへ渡り、著名な精神科医に師事。日本人初のセラピストプロライセンスを取得

帰国後、知人の強い勧めもあって紹介された成功者のカウンセリングを開始。以来、紹介者からの紹介が連鎖し、クライアントの継続も途切れることなく、あらゆる業界の著名成功者たちのカウンセリングを現在も行なっている。カウンセリングは、催眠療法ではなく、独自のスタイル「イメージング」で行ない、日本を代表する著名セレブたちの顧問カウンセラーとして熱い信頼を得ている。

カウンセラーというのは、ジョイの活動の一部。小説や哲学書など27冊を出版ベストセラーも多数。

一方で脚本、監督した映画が、韓国や香港の国際映画祭で招待作品となり話題となる。「オトコタチノ狂」は、TSUTAYAでレンタル。アマゾン等で販売もされている。

テレビのCMの制作、駅前大型ビジョンのエンディング制作、自作曲も提供。クライアントの店舗デザインなども手がける。

特定のジャンルに収まらない心と創造のアーティスト

 


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