Episode

FRANから独立したぼくは一応大学へ行くために英語学校に入った。 入国したときの観光ビザが学生ビザに切り替った。 でも、勉強嫌いのぼくは、最初のうちこそ通っていたものの、しばらくするとほとんど行かなくなった。 日本人がやたらと話しかけてくるのが面倒だった。 日本人の友だちなら日本で作ればいい。...
その頃ぼくは、 アメリカの養母FRANの家を出て、独りで暮らすことへのあこがれを日々募らせていた。 いつまでもFRANの庇護の下で暮らすことが窮屈になっていた。 恩知らず以外のなにものでもないぼく。 でも、安定や安心よりも、 アメリカの危険な香りと刺激に もっと接したいと欲していた。 単細胞な頭と心で、自由を求めていた。...
ぼくは小学生の頃から ハリウッド映画が大好きで いつの間にか誰よりも 洋画に詳しい少年になっていた。 東京渋谷に住んでいたから 小学生のときには 自転車で渋谷や新宿へ 友だちと一緒に映画館へ行った。 時には学校をサボって 一人で行ったこともあった。 アメリカへ渡ったばかりの頃のぼくは まるで英語が話せなかった。 お腹が空いて...
ぼくは18歳の時アメリカへ渡った。 最初は一ヶ月の予定だった。 復路のエアチケットは 一ヶ月後のものだった。 それが気づけば6年間という アメリカでの生活となった。 もちろん、自分がアメリカにいることに 6年の間無意識だったわけではない。 何度か帰国しようかと考えたり、 そのタイミングもあった。 でも、ぼくはそのままアメリカに居続ける...