ライブ当日、僕が想っていたこと その7

本番前の楽屋。

 

前にも書いたことだけど、この楽屋にはモニターがない。

 

たいてい楽屋にはステージあたりの映像が中継されていたり、会場内の音がスピーカーで聴けたりして、お客さんの入り状況とか、場内アナウンスなんかを楽屋にいながらにしてリアルタイムで知ることができる。

 

そのどれもが無いからシーンとしている。

 

これはこれでいい。

 

本番前の精神統一には適しているかもしれない。

 

けれど、自分で時間を意識していないと、本番の準備が滞ってしまう恐れもある。

 

とにかく僕は本番前の軽食を食べ、歯を磨いて、メイクし、身支度を整える。

 

ステージメイクにはまさに催眠効果がある。

 

メイクしていくうちに本番用の顔になっていく。

 

僕は24時間“JoyIshii”なわけだから、芝居みたいに役作りとは違うのだけど、やはり自分に魔法をかける必要がある。

 

シラフで、あんなことできやしない! 

 

語弊があるかもしれないけど、やはり僕自身、普段の自分のままで「催眠エンターテイメント」のJoyIshiiにはなれない。

 

自分に魔法をかける。

 

何百人の前で、ヒット曲もない、種や仕掛けのあるマジックをするわけでもない、優れた台本どおりに演技して感動させる芝居があるわけでもない。

 

本当に、神に誓って、タネも、仕掛けも、ヤラセも、仕込みも、サクラも、何にもない。

 

文字通りアドリブのエンターテイメント。

 

その日客席に座っているお客さんを瞬時に判断して、この人と思う人に催眠をかけ、その人のエンターテイメント性を引き出し、パフォーマンスさせ、印象に残る一夜のスターを作り出し、盛り上げるステージなのだ。

 

そんなリスキーなエンタメをシラフの自分じゃできない。

 

だからと言って、ウイスキーをグイッと煽ってステージ立つわけにもいかない。

 

酔えばシラフじゃなくなるけど、感性が大雑把になって催眠エンタメはできない。

 

超シラフの自分を保ち、感性を研ぎ澄まし、周囲360度の感度を最高レベルで良好にし、それでいてシラフじゃない魔法を自分にかけてあげる必要がある。

 

 

なんとも面倒なエンターテイメントなのだ。

 

 

18:30。

 

「ジョイさーん!  入ります! 」

 

U井さんが楽屋に上がってきた。

 

「大変なことになってます!! ロビーがぁ!! すんごい人で!! みんなテンション高くて!  大盛況なんですぅー!!! 」

 

ますます「!」が増えてる。

 

「ノリよさそう? 」

 

「バッチリですよぉ!! 」

 

思わず「イェス!! 」とガッツポーズを決める。

 

「何時に楽屋出ますか?  」

 

「舞台監督は19時3分に舞台袖にスタンバイしてもらうので、19時に迎えに来ますって言ってたよ」

 

「じゃあ、その少し前にもう一度来ます!! 」

 

「いいよ、大丈夫だよ」

 

U井さんも会場内を走り回って本番に向けてやることがたくさんあるはずだ。

 

僕はもうステージに上がるだけだから心配ないよ、というつもりでひう言ったのだけど・・・

 

「ダメです!! この瞬間のためにここまで頑張ってきたんですからぁ!! 本番直前にもう一度お顔見に来ますっ!! 」

 

U井さんの本気の圧は凄い。

 

僕は思わず圧されて唾を飲み込む。

 

「じゃ、また来まーす!!! 」

 

楽屋がふたたび静かになった。