英語は映画のセリフのみだった

 

僕は小学生の頃からハリウッド映画が大好きで、いつの間にか誰よりも洋画に詳しい少年になっていた。

 

東京の渋谷に住んでいたから、小学生のときにはよく友だちと自転車で渋谷や新宿へ映画を観に行った。

どうしても観たい映画がその日に終わってしまうから、学校をサボって一人で渋谷の映画館へ行ったこともあった。

 

ところで、アメリカへ渡ったばかりの頃の僕は、まるで英語が話せなかった。

 

お腹が空いてレストランを尋ねるのにも苦労した。Restaurantの発音は通じなかったし、いざとなったらhungryという単語すらうまく出てこないほどだった。

僕がアメリカへ行ったのは、英語の成績が特別良かったからではないし、文法なんてまるでわからなかった。

一夜漬けて覚えた単語はすべて、試験が終わると同時に頭の中から消えてしまっていた。

 

ただ、とにかく、小さい時からよく映画を観ていた。 

好きな映画は一度観ただけで、気に入ったシーンの英語の会話を覚えてしまった。なぜだかわからないけれど、そういう耳だったのだ。

 

いまみたいにDVDもYouTubeもない時代だったから、好きな映画を何度も観るには、お小遣いを貯めて映画館に通うしかなかった。

テレビでも洋画を観ることはできたけど、すべて日本語吹替えになってしまう。英語はわからないし、まして字幕を読むのは小学生の僕には難しかったけれども、登場人物たちが本当に話している言葉が格好いいと感じていた。

 

日曜は自分でおにぎりを握り、それを持って朝早くから自転車で新宿の映画館へ行った。 

夜まで一日中、同じ映画を繰り返し観るのだ。

さすがに最終回の5回目くらいになると熱が出たりもした。

意識朦朧となりながら、歌舞伎町のネオン街を、客引きのお兄さんたちに揶揄われながら自転車で帰った憶えがある。

 

何十回と観た映画は、すべてのセリフを覚えてしまった。 

高校受験もおおかた落ち着いて卒業間近の中学生の頃、2時間続きで英語の授業が自習になった。先生曰く英語に関することなら何をやってもいいと言うので、僕はみんなの前で1時間40分、ある映画を一人で何役も演じ分けながら丸々一本を上演してみせた。

 

それくらい映画が好きだった。

映画の中に出てくる格好いい大人たちに夢中になってあこがれた。

大好きな映画の中に出てくるアメリカに住んでいるというだけで、僕のセルフイメージはすこぶる高まり、

多少の困難があっても、僕はいつも上機嫌でいたし、十分幸せだった。

 

あこがれがあれば、人生は豊かになり、幸せに過ごせることを、僕はアメリカで実体験していたのだ。